英語の音いろ

映画、TVドラマ、洋書などの英語を、文法や構文そしてニュアンスの視点から解説します。

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経済学の発展を辿る The Worldly Philosophers(1953年)から。





経済学の父と呼ばれるアダム・スミス(1723-1790)についての章で、著者は、アダム・スミスが当時の混沌とした社会に法則性を見出して、世界経済に多大な影響を与えることになる『国富論』を書き上げたのは驚くべきことだと述べます。

以下は、18世紀のイギリスにおける土地を持たない農民や炭鉱で働く子供たちの過酷な生活を描写した後に続く1文です。haphazard は「無秩序な」。



A strange, cruel, haphazard world this must have appeared to eighteenth-century as well as to our modern eyes.

Robert Heilbroner, The Worldly Philosophers, p. 44



<解説>







A strange, cruel, haphazard world this must have appeared to eighteenth-century as well as to our modern eyes.

A strange, cruel, haphazard world はC。全体は CSV という語順の倒置文です。
S appears C to ~ で「~の目にはSはCのように映る」。

eighteenth-century は形容詞。

to eighteenth-century (eyes)
as well as 
to our modern eyes

または、

to eighteenth-century (as well as to our modern) eyes

と読みます。


「18世紀の人々の目にも、これは奇妙で残酷で無秩序な世界に映ったことだろう。我々現代人の目にそう映るのと同じように」



イギリスの文学批評家、文化理論家テリー・イーグルトンによる After Theory(2003年)から。


After Theory (English Edition)
Eagleton, Terry
Penguin
2004-08-26



以下は、1960年代と1970年代の文化理論・文学理論の特徴を説明する文章の一部です。it はこの時代の文化理論・文学理論を指しています



On the whole, it valued what could not be thought more highly than what could.

Terry Eagleton, After Theory, p. 71



<解説>







On the whole, it valued what could not be thought more highly than what could.

cannot + more ~ で最上級の意味を表す用法があったり、think highly of ~(~を高く評価する)というフレーズがあったりして紛らわしいのですが、この文の more highly は valued を修飾しています。

it valued A more highly than B で「それはBよりもAを高く評価した」。

could と過去形が使われているのは時制の一致。文末には be thought が省略されています。


「全体としてこれらの文化理論・文学理論は、人間の思考で捉えることができるものよりも、
人間の思考では捉えられないものに、より価値を見出した」
 


文化理論・文学理論の成り立ちを概説する本 Introducing Critical Theory から。





以下は、文学とフェミニズムの関係を説明する文章の一部です。second wave feminist は、second-wave feminism(第二波フェミニズム運動)を形容詞にしたもの。「第二波フェミニズム運動」とは、1960年代から1990年代にかけて起こったフェミニズム運動のことです。



Literature has in fact become one of the prime sites of second wave feminist research, and the representation of women one of its key concerns.  

Stuart Sim, Introducing Critical Theory, p. 147


解説>







Literature has in fact become one of the prime sites of second wave feminist research

「実際、文学は第二波フェミニズム運動の活動家にとって主要な研究対象の1つとなった」


Literature has in fact become one of the prime sites of second wave feminist research, and the representation of women one of its key concerns.

the representation of women の後ろには、次のように has become が省略されています。

Literature has in fact become one of the prime sites of second wave feminist research, and the representation of women (has become) one of its key concerns.

A and B で、上の例のように A と B に同じ構造を持つ文が入るとき、くどくなるのを避けるために、共通する部分を B から取り除くことがよくあります。このような省略は、「共通関係の省略」と呼ばれたりします。

実際、文学は第二波フェミニズム運動の活動家にとって主要な研究対象の1つとなり、(文学作品において)女性がどのように表現されているかは、第二波フェミニズム運動の重大な関心事になった



オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』から。


The Picture of Dorian Gray (Penguin Classics)
Wilde, Oscar
Penguin Classics
2003-02-01



以下は、登場人物の1人が、自分が行かなかった昼食会で何が起こったかを推量する一節です。その昼食会は貴族の集まりです。thrift は「質素倹約」、the idle は「有閑階級の人々」。




The rich would have spoken on the value of thrift, and the idle grown eloquent over the dignity of labour.  

Oscar Wilde, The Picture of Dorian Gray, p. 16


解説>







The rich would have spoken on the value of thrift, 

「would have + 過去分詞」(~しただろう)は、「もし仮にあの時~だったら」という仮定を受けて、架空の過去を推量するのに使われる用法を高校で習いますが、実際には「架空の過去」だけでなく、「実際に過去に起きたであろうこと」を推量するのにも使われます。

「金持ちは質素倹約の大切さについて話しただろう」


The rich would have spoken on the value of thrift, and the idle grown eloquent over the dignity of labour.

the idle と grown の間には、次のように would have が省略されています。

The rich would have spoken on the value of thrift, and the idle (would have) grown eloquent over the dignity of labour.

A and B で、上の例のように A と B に同じ構造を持つ文が入るとき、くどくなるのを避けるために、共通する部分を B から取り除くことがよくあります。このような省略は、「共通関係の省略」と呼ばれたりします。

「grow + 形容詞」は第2文型(VC)で「~な状態になる」という意味です。over ~ はここでは「~について」。

金持ちは質素倹約の大切さについて話しただろうし、(働かなくても生きていける)有閑階級の人間は、労働というものが持つ尊厳について雄弁に語りだしただろう」



イギリスの文学批評家、文化理論家テリー・イーグルトンによる Hope without Optimism(2015年)から。現代において、現実を見つめながら希望を持つということはどのようなことなのかを考察する本です。


Hope Without Optimism
Terry Eagleton
Yale University Press
2017-06-02



以下は、despair(絶望)とは何かを説明する文章の1文です。

fatalistic は「宿命論の」、inertia は「無気力」、 desperation は「絶望による自暴自棄」、frantic は「抑制を失った」という意味です。



[To despair] is not the same as feeling desperate, since as J. P. Day points out, despair tends to take the form of fatalistic inertia, and desperation of frantic activity.

Terry Eagleton, Hope without Optimism, p. 75



<解説>







[To despair] is not the same as feeling desperate

「despair(絶望する)とは、feel desperate(絶望して自暴自棄な気持ちになる)と同じではない」


since (as J. P. Day points out,) despair tends to take the form of fatalistic inertia, and desperation of frantic activity.

desperation と of の間には、次のように tends to take the form が省略されています。

despair tends to take the form of fatalistic inertia, and desperation (tends to take the form) of frantic activity.

「というのは、J. P. Day が言うように、despair(絶望)が全てを宿命として諦める無気力の形を取りがちなのに対し、desperation(絶望による自暴自棄)は抑制を失った行動という形を取りがちだからだ」


A and B で、上の例のように A と B に同じ構造を持つ文が入るとき、くどくなるのを避けるために、共通する部分を B から取り除くことがよくあります。このような省略は、「共通関係の省略」と呼ばれたりします。


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