英語の音いろ

映画、TVドラマ、洋書などの英語を、文法や構文そしてニュアンスの視点から解説します。

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イギリスの文学批評家、文化理論家テリー・イーグルトンによる After Theory(2003年)から。


After Theory (English Edition)
Eagleton, Terry
Penguin
2004-08-26



以下は、1960年代と1970年代の文化理論・文学理論の特徴を説明する文章の一部です。it はこの時代の文化理論・文学理論を指しています



On the whole, it valued what could not be thought more highly than what could.

Terry Eagleton, After Theory, p. 71



<解説>







On the whole, it valued what could not be thought more highly than what could.

cannot + more ~ で最上級の意味を表す用法があったり、think highly of ~(~を高く評価する)というフレーズがあったりして紛らわしいのですが、この文の more highly は valued を修飾しています。

it valued A more highly than B で「それはBよりもAを高く評価した」。

could と過去形が使われているのは時制の一致。文末には be thought が省略されています。


「全体としてこれらの文化理論・文学理論は、人間の思考で捉えることができるものよりも、
人間の思考では捉えられないものに、より価値を見出した」
 


イギリスの文学批評家、文化理論家テリー・イーグルトンによる On Evil(2010年)から。


On Evil (English Edition)
Eagleton, Terry
Yale University Press
2010-04-06






以下は、子供が evil であり得るかを議論する文章の一部です。evil は「邪悪さ」という意味ですが、著者はキリスト教の文脈における evil を考察しているので、下の解説では evil は日本語に訳さずにそのままにしています。

enter into purchase agreements は「購買契約を結ぶ」。



Most of us, [...], recognise that small children can no more be evil than get divorced or enter into purchase agreements.

Terry Eagleton, On Evil, p. 5



<解説>







Most of us, [...], recognise that small children can no more be evil than get divorced or enter into purchase agreements.

that節の内部では、

① Small children can be evil.

② Small children can get divorced or enter into purchase agreements.

という2つの文が比較されています。no more の no は、more の度合いがゼロであることを示します。従って、「
Small children can be evil.」が成り立つ度合いと「Small children can get divorced or enter into purchase agreements.」が成り立つ度合いが同じであることになります。後者はあり得ないので前者もあり得ない、というのが that節の主張です。

「小さな子供が離婚したり購買契約を結んだりできる度合いと全く同じ程度にしか、小さな子供は evil であることができない、と我々のほとんどは認識している」


「小さな子供が離婚したり購買契約を結んだりできないのと同様に、小さな子供は evil ではあり得ない、と我々のほとんどは認識している」


オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』から。


The Picture of Dorian Gray (Penguin Classics)
Wilde, Oscar
Penguin Classics
2003-02-01



以下は、前回の記事で紹介した文のすぐ後に続く文で、前回と同じく、貴族の青年であるドリアン・グレイが、退廃的な考えに染まりながらも、社交界においては貴族としての振る舞いを保っていた様子を描く文章の一部です。文頭の His はドリアンのこと、settling はここでは preparing とほぼ同じ、Lord Henry はドリアンの友人です。




His little dinners, in the settling of which Lord Henry always assisted him, were noted as much for the careful selection and placing of those invited, as for the exquisite taste shown in the decoration of the table, [...].  

Oscar Wilde, The Picture of Dorian Gray, p. 125


<解説>







His little dinners, in the settling of which Lord Henry always assisted him, were noted as much for the careful selection and placing of those invited, as for the exquisite taste shown in the decoration of the table, [...].

which は His little dinners を先行詞とする非制限用法の関係代名詞で、関係代名詞の節が始まるのは in から。in the settling of which Lord Henry always assisted him の部分全体が関係代名詞の節です。元になっているのは、

Lord Henry always assisted him in the settling of ~
(Lord Henry は~の準備において常に彼に手を貸した)

という文。the ~ing of ... で「...を~すること」。「~ing」と「...」の間には、VO の関係が隠れています。

be noted as much for A as for B で「Bのためと同じくらいAのために注目される」。

the careful selection and placing of those invited の careful は、selection と placing の両方を修飾しています。placing の ing は上と同じ 
the ~ing of ...(...を~すること)の使い方。place O の基本の意味は「Oを(ある場所に)置く」で、ここでは「テーブルでのOの席順を決める」という意味です。


His little dinners, in the settling of which Lord Henry always assisted him, were noted as much for the careful selection and placing of those invited, as for the exquisite taste shown in the decoration of the table, [...].

「彼が催すちょっとした晩餐会(その準備にあたっては Lord Henry が常に彼に手を貸した)は、テーブルの装飾に示されるこの上なく優れたセンスのためにも注目されていたが、それと同じくらい、細心の注意を払ってなされるゲストの選別と席順の決定によっても注目されていた」



作曲家ヨハネス・ブラームスの手紙のコレクションに解説を加えた本『Johannes Brahms: Life and Letters』から。


Johannes Brahms: Life and Letters
Johannes Brahms
Oxford Univ Pr on Demand
2001-09-27



以下は、1873年にブラームスがミュンヘンの国王ルートビッヒ2世から勲章を授けられたことについての編者の文章です。




The honour was the more surprising as Brahms's music was virtually ignored in Munich at that time; [...]. 

Johannes Brahms: Life and Letters, p. 459



解説>







The honour was the more surprising as Brahms's music was virtually ignored in Munich at that time

the more surprising で the が使われているのは、「『その分だけ』もっと」と、more の度合いが特定されているからです。

「当時ミュンヘンではブラームスの音楽は事実上無視されていたために、この勲章は、その分より一層意外であった」


受験で出てくる 「all the + 比較級」も同じ用法で、all は「その分だけより一層」を強調しています。




作曲家ヨハネス・ブラームスの手紙のコレクションに解説を加えた本『Johannes Brahms: Life and Letters』から。


Johannes Brahms: Life and Letters
Johannes Brahms
Oxford Univ Pr on Demand
2001-09-27



以下は、ブラームスが 義母の Karoline と長期にわたってまめに連絡を取っていたことを述べる編者の文章です。




[...] Brahms wrote dozens of letters [...] to Karoline, kept her informed at all times of his whereabouts, and stayed in touch as lovingly and dutifully as if it were she who had given him life.

Johannes Brahms: Life and Letters, p. 438



解説>







Brahms wrote dozens of letters [...] to Karoline, kept her informed at all times of his whereabouts, and stayed in touch as lovingly and dutifully as if it were she who had given him life.

as if it were ~ の as は、as if ~ (まるで~かのように)ではなく、as ~ as ... (…と同じくらい~)の用法です。

1つ目の as は「同じくらい」、2つ目の as は「as ~」で「~と」。if S V は「S が V する場合」。

合わせると「as ~ as if S V 」で「S が V する場合と同じくらい~」という意味になります。


if it were she who had given him life

if 節の内部は強調構文に仮定法過去が適用されたもの。
「仮に彼に生を与えたのが彼女であった場合」



Brahms wrote dozens of letters [...] to Karoline, kept her informed at all times of his whereabouts, and stayed in touch as lovingly and dutifully as if it were she who had given him life.

「ブラームスは(義母の)Karoline に多数の手紙を書き、常に彼自身の居場所を知らせ、彼に生を与えたのが彼女であった場合と同じくらい愛情を込めて、そして親への責任を果たす息子として、彼女と連絡を取り続けた」


if S V というと「もし~なら」を思い浮かべがちですが、「S が V する場合」という意味でもあります。as if S V (まるでS が V するかのように)は、as ~ (~ように)と if S V(S が V する場合)が組み合わされたもので、もともとは「(仮に)S が V する場合のように」という意味です。



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